球人カフェ
野球を中心にしたエッセイ。
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名将・仰木彬監督逝く
15日、仰木彬元オリックス監督が亡くなられた。

翌日の朝のニュースでそのことを知ったその瞬間、
頭の中が真っ白になり、しばらく放心状態で動けなくていた。

衝撃だった。
「これで心から応援できる監督がいなくなってしまった」。

昨年、病を患いながらも
「グランドで倒れれば本望」
として監督を引き受け、
結果的にこの激務が死の引き金になった。

仰木監督の選手の資質を見抜き、育てる才能は飛びぬけていた。
過去に野茂、イチロー、田口をはじめとするスターを育て、
日本一にも輝いた。

選手としては西鉄ライオンズ時代、名将三原監督という師にも恵まれていた。
その三原監督から学んだ采配術は、常に選手から信頼され、
仰木マジックと称されるまでに絶賛された。

私自身が、リアルタイムで知る限りすばらしいかったと思える3本の指に入る監督は
西本幸雄氏、上田利治氏、そしてこの仰木彬監督だった。
その監督が亡くなられて残念でならない。
実のところ来年3月のWBCの監督には仰木監督がなって欲しいと密かに願っていた。

仰木監督のここに至るまでの生き様はすばらしかった。
いや美しいと言った方が当てはまるかもしれない。
好きな野球のために生きて、
好きな野球のために死んだ。
誠に羨ましい人生だった。

仰木彬監督のご冥福を心よりお祈り致します。

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